病態分子イメージングセンター (MICD) における5年プロジェクト「分子イメージングによる体系的病態の解明と診断治療法の開発」の最初の2年間は滝井キャンパス、後半の3年間は枚方キャンパスで実施された。平成25年度に枚方学舎に統合されたのを契機として、各事業者のこれらの研究課題を部門内、部門間の共同研究、トランスレーショナル研究を推進するために、がん関連コンソーシアム、再生医療コンソーシアム、基礎系講座間の連携強化のための研究トークランチをスタートさせた。共同研究の実施場所として、北棟5階に臨床系綜合研究施設を設置し、人的にも研究連携を推進する体制を構築した。さらに国内外の共同研究を推進した結果、本プロジェクトの事業推進者の研究は順調に進捗し、MICDの研究成果はCell、Nature、Nat. Cell Biol.、Nat. Neurosci.、Nat. Commun.、Sci. Rep.、Proc. Natl. Acad. Sci. USA、Dev. CellやJ. Biol. Chem.、Neuron、J. Neurosci.、Eur. J. Neurosci.、J. Immunol.、Blood、J. Gastroenterol. などの各領域のトップジャーナルを含め欧文雑誌に250編以上発表し、国内外の学会発表は420回を数える。なお、研究の進捗状況、研究の成果は年次報告会を3回開催し、3名の外部委員の評価をそのつど受けて、良い評価を得た。以下、36名の事業推進者の研究活動を6つのトピックスにわけ、MICDに関係する優れた研究成果は別ウィンドウで開く図にもとづいて紹介する。枚方キャンパスにおける事業推進者毎の詳細な研究活動と研究業績は左メニューの「研究業績」を参照されたい。なお、滝井キャンパスにおける詳細な研究成果とすべての事業推進者年次毎の研究活動はページ下部リンクの平成23‐24年度研究成果中間報告書を参照されたい。
1.組織幹細胞の同定
伊藤(分子生体機能学)らがクローニングしたショウジョウバエの卵形成に関与する遺伝子ovoのマウス相同遺伝子産物Ovol2 (MOVO) はZnフィンガー型転写因子で、ES細胞に発現するOvol2欠損マウスは心血管形成障害、神経管閉鎖不全等により胎生致死となることを以前に報告した。皮膚では、表皮の基底細胞層や毛庖の前駆細胞に発現する。Ovol2はOvo遺伝子ファミリーのOvol1と共同して皮膚上皮幹細胞の分化の抑制、上皮への可塑的変化に関与することから、Ovol2が幹細胞の重要な転写因子であることを示した。このことは、皮膚でのOvol2発現が欠損するコンディショナルノックアウトマウスとOvol1欠損マウス(胎生致死ではない)の2重欠損マウス (DKO) を作製して、皮膚の角化層の形成不全、即ち皮膚のバリア機構が形成できず、色素が浸潤して青く染まったことにより確認できた(図3、Dev. Cell 29:47-58, 2014)。
成体マウスではOvol2は精巣に強く発現している。作製したOvol2抗体で免疫染色を行うと、精子形成が開始する生後3週間から、Ovol2タンパクが精細管の外側に局在する精母細胞のパキテン期のXY体に限局して発現していること、転写抑制作用を有することを明らかにして、XY体の形成、減数分裂の性染色体の不活化により精子形成に関与する可能性を示した(図4、J. Androl. 33:277-286, 2012)。ヒト精巣においてもOvol2がXY体に局在することを確認した。
上野らは前述の多細胞系譜追跡法を用いてBmi1陽性細胞が精祖細胞 (germ stem cells) のマーカーであることを報告した (Sci. Rep. 4:6175, 2013) 。精子形成不全は男性不妊の大きな要因である。男性ホルモンの1つ、テストステロンをGirald T試薬で誘導体化することにより、質量顕微鏡を用いて精巣でテストステロンのイメージングに成功した。性腺刺激ホルモンで刺激1時間後にテストステロンの産生がライディッヒ (Leydig) 細胞でみられ、細胞から遊離されたテストステロンが精細管の外側に精母細胞にも分布していることがイメージングされた(図5、Anal. Bioanal. Chem. 印刷中、2016)。
核膜ラミナに存在するラミン (Lamin) の遺伝子の変異は、早老症、成人発症型白質ジストロフィーをはじめとする神経筋疾患でみられる。山田ら(神経機能再生医学)はこのような疾患に関わるラミンまたは核ラミナをイメージング法でとらえ、そのイソタイプごとの分布を解析した。その結果、ラミンは海馬歯状回や側脳室周囲帯の神経系幹細胞、やや分化した神経前駆細胞、成熟ニューロンでそのイソタイプ構成を変化させながら、各細胞の分化に関与することがわかった。そして、側脳室周囲の神経前駆細胞のニューロン新生は厳密に調節されており、その修正には強い刺激が必要であることを示した。
西山、神田(公衆衛生学)は下垂体と聴覚伝導路の組織幹細胞の同定を行った。3週齢マウスの蝸牛神経核に約1%のsphere形成能を有するside population細胞が存在し、この活性は加齢とともに低下することを示した。side populationで取得したこれらの細胞はさらに未熟な幹細胞または前駆細胞であることを発現遺伝子で確認した。さらに、聴覚情報を最初に統合する下丘においてもProminin-1 (CD133) 陽性細胞がsphereを形成し神経、グリアに分化することから幹細胞であること、Prominin-1が幹細胞のマーカーとなる可能性を示した。
薗田(幹細胞生物学)は、マウス骨組織から酵素処理法とFACSを用いて、直径6~7 µm 程度の小型で核細胞比の大きなvery small embryonic-like stem cell (VSEL) として報告されていた未分化な組織幹細胞の効率的な分離方法を開発した。本法を用いれば、従来の骨髄を用いる方法に比べて50~100 倍の効率でLineage-CD45-Sca-1+の表面免疫特性を示す組織幹細胞を分離することができ、この骨組織由来の微小幹細胞をBD VSELと名づけた(特願2012-220648)。BD VSELは、in vitro培養系で血液系細胞に分化するとともに、in vivo移植系において肝細胞に分化 (transdifferentiation) する可能性が示唆された (Stem Cells Dev. 25:27-42, 2016) 。さらに、臨床応用につながる成果として、ヒト骨質からも同様のhBD VSEL の分離する方法を開発した(特願2012-220648)。平行して、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞 (DP MSC) を樹立(特願2013-170480)した。DP MSCは、本研究グループが発見同定 (Blood 101:2924-2931, 2003) したヒト臍帯血由来CD34抗原陰性 (CD34-) 造血幹細胞 (HSC) (ヒトHSCの階層制上頂点にある未分化HSC)を効率的に支持した (Stem Cells 33:1554-1565, 2015) 。以上の研究成果に基づいて、CD34-HSCsをDP MSCと共培養することにより、CD34+HSCを体外増幅する系を開発中である。
塩島ら(内科学第2)はヒト心臓組織幹細胞を効率よく末梢血中に動員する方法を確立し、その機序を明らかにした。塩島はこれまで心筋細胞・血管内皮細胞・血管平滑筋細胞など心臓内の複数の細胞種に分化しうるヒト心臓組織幹細胞が心臓手術中に末梢血に動員されることを明らかにしてきた。本研究でヘパリンの静脈投与がヒト心臓からの組織幹細胞動員を起こすこと、また、ヘパリンが細胞外マトリクスに結合したhepatocyte growth factor (HGF) を遊離させHGF血中濃度を上昇させることが、心臓組織幹細胞が末梢血へ動員される機序であることを明らかにした。
岡崎(内科学第3)は消化管粘膜上皮・膵臓における有用な新規組織幹細胞マーカーとしてSmad2/3のリンカー部分のスレオニンリン酸化蛋白 (pSmad2/3L- Thr) を同定した。正常なマウス小腸・大腸粘膜やDSS起因性大腸炎モデル、IL-10ノックアウトマウス大腸炎・大腸がんモデル・セルレイン膵炎といった動物モデルを作製し、pSmad2/3L-ThrとKi-67の蛍光二重免疫染色を行った。DSS起因性大腸炎モデル・セルレイン膵炎では、粘膜の障害時には pSmad2/3L-Thr強陽性幹細胞がほぼ消失し、消化管や膵臓の治癒が進むにつれ、pSmad2/3L-Thr強陽性幹細胞が著明に増加することを見つけた。これらの結果から、pSmad2/3L-Thrが組織上皮幹細胞のマーカーとして利用できることを確認した。
2.二光子励起顕微鏡による分子動態、細胞機能と病態の解析
大脳は生きた動物の鼻と両耳の3点で固定できるので顕微鏡下に長時間イメージングすることは可能であるが、脊髄は呼吸や拍動によりぶれるので、in vivoでイメージングすることは誰も成功していなかった。脊髄神経回路網における皮膚での感覚刺激応答を二光子励起顕微鏡でin vivo蛍光イメージングを行うために、伊藤(分子生体機能学)らは、まず神経特異的に蛍光タンパクを発現させたトランスジェニックマウスThy1-YFPを用いて、脊髄でのin vivo蛍光イメージング法を確立した。そして、炎症に伴い脊髄後角の神経線維上のspineが増大すること、その増大がグルタミン酸拮抗薬で抑制されることを明らかにした(図7、Eur. J. Neurosci. 41:989-997 2015)。脊髄でのin vivoイメージングに成功したので、子宮内遺伝子導入でCa2+センサータンパクを発現させたマウスを用いて、二光子励起顕微鏡下に同時に100個に及ぶ脊髄後角ニューロンの応答の長時間、同時にイメージングすることに成功した。これまで、電気生理学的手法によるin vivo patch-clampでは1つのニューロンの刺激応答しか記録できなかったが、皮膚での熱、機械的、触覚刺激に応答に対する脊髄後角ニューロンの時空間的特性を明らかにした (PLoS One 9:e103321, 2014) 。
3.質量顕微鏡等による疾患原因候補分子の分子イメージング
さらに、病理組織標本の質量顕微鏡による分子イメージングを行う研究手法を確立するために、權(外科学)、矢尾は外科手術で摘出された異物のパラフィンブロックから小腸で通過障害を起こした物質の同定を行った。脱パラフィン処理、消化酵素処理後、病理組織標本を質量顕微鏡で解析して、アミロペクチンと同定した。病理検査で行われているPAS染色で陽性反応、前処理をした標準サンプルのMS、MS/MS解析でアミロペクチンであることを確認した (Anal. Bioanal. Chem. 402:1921-1930, 2012) 。病理組織標本を脱パラフィンして原因物質を質量顕微鏡で同定できたことは、その適用範囲を病理組織診断に広げるものである。
山田(神経機能再生医学)は質量顕微鏡を用いて免疫組織化学で長年オリゴデンドロサイトのマーカーとして広く用いられているO4モノクローナル抗体のエピトープをスルファチドと同定した。さらに、スルファチド合成酵素欠損マウスを用いて確認した。スルファチドが胎生期のオリゴデンドロサイト系譜決定期から生後髄鞘構築期に至るまで重要な役割をすることを示した。質量顕微鏡による精巣でのテストステロンの分子イメージングは1.ですでに述べた。
内因性ウワバイン様物質 (EDLS) はラットやヒトの食塩負荷で産生されることがよく知られ、長年食塩摂取に関連する高血圧の原因の1つと考えられてきた。高橋(臨床検査医学)はマリノブフォトキシンとマリノブファゲニンがEDLSの候補であることを発見し、質量顕微鏡でその標準品をpgレベルの低濃度で検出することができた。しかし、副腎や視床下部の細胞や組織ではEDLSを検出できなかった。
質量顕微鏡のイメージング解析は、組織の免疫染色ではできない脂質や神経伝達物質、低分子の代謝産物などの標的分子のイメージングを可能にしたが、標的分子のイオン化効率、シグナルノイズ比を高めること、フラグメントの同定を始め条件検討に時間を要し、確信が持てるデータを得るには専門的知識が要求された。
木原、楠本、影島(物理学)は軟X線顕微鏡や原子間力顕微鏡でタンパクから細胞のイメージング法の開発に取り組んだ。
4.遺伝子改変マウスやサルを用いた脳の高次機能の解析と臨床研究
報酬の獲得や嫌悪刺激からの回避のための行動選択においても大脳基底核線条体におけるドーパミンの作用を中心にその神経メカニズムが明らかにされてきた。中村、磯田(高次認知脳科学)らは、サルを用いて報酬、罰など高次脳機能の個体での情報処理と社会的相互作用の解析を行った (Nat. Neurosci. 15:1307-1312, 2012; J. Neurosci. 35:6195-6208, 2015) 。その結果、嫌悪刺激に対するストレスは大脳基底核線条体での情報処理プロセスに影響し、適切な行動選択を阻害する可能性を示した。実社会において自己の評価は他者との比較においてなされる場合が多い。自己と他者の比較に基づく報酬価値の相対評価に関与する大脳皮質と皮質下の細胞の役割が異なることをサルで示した。これらサルを用いる研究は、地道な研究であるが、現在fMRIで明らかになりつつある前頭前野と情動系神経回路の行動変化をさまざまなコンテクスト(条件)で解析でき、新しい道を開くことが期待される。
パーキンソン病は黒質緻密部のドーパミン性神経細胞の変性を特徴として、寡動や固縮などの運動障害を起こす神経変性疾患である。日下(神経内科学)はプロジェクトの前半は神経変性疾患患者の剖検脳の細胞内封入体の解析、後半はパーキンソン病モデルラットとレポドーパ誘発性ジスキネジアモデルラットを用いて病態解析を推し進めた。
ノーベル生理学・医学賞を受賞したAxelが報告した1,000以上の嗅覚の受容器が数10万にも及ぶ匂い分子と反応し、どのように脳内に伝達され識別されるか良くわかっていなかった。匂い分子の感じ方は個人差が大きいことから、匂いが誘発する情動や行動は学習や経験により後天的に決定されると考えられてきた。小早川(神経機能)らは、匂いは鼻腔内で先天的と後天的な情報に分離されて脳に伝えられて情動や行動が誘発されることを明らかにした (Proc. Natl. Acad. Sci. USA 112: E311-E320, 2015)。さらに、光遺伝学、薬理遺伝学、脳深部遺伝学による最新のイメージングシステムを駆使して、扁桃体中心核のセロトニン2A受容体発現細胞が、先天的と後天的な恐怖を逆方向へ制御することで、2つの恐怖の階層性を制御することを明らかにした(図9、Cell 163:1153-1164, 2015)。これらの結果は匂いをパターンとして認識しているのではなく、匂い分子の中にはホルモンと同じく1対1で対応しているものがあるということを示している。そして、精神神経疾患の治療薬の中にもこのような匂い分子として反応するものが多くある。小早川の研究成果は後天的な恐怖を緩和する薬剤の投与が先天的な恐怖を増悪する可能性を示唆しており、精神疾患の原因となる恐怖情動の診断、治療において重要な知見である。
ヒトでは非侵襲のMRIやfMRIを用いた高次脳機能の解析が強力なツールとなっている。木下、齊藤(精神神経科)がハーバード大学医学部精神科精神画像研究所と連携して、MRIの拡散テンソル画像法を用いて健常者、患者、精神分析治療対象者のミューラーニューロンの描出に成功し、精神科治療効果の判定への応用を目指している。
5.臨床応用に向けた病態の解明と診断と治療法開発のための動物疾患モデルの作製
松田(細胞分子生理学)は膵外分泌におけるCl-チャネルに対するアデノシンの役割を検討し、アデノシン受容体がAキナーゼアンカータンパクとCl-チャネルと複合体を形成して膵液の分泌が調節されていることを示した。
これまで150年間治療できなかった難治性神経障害性疼痛の1つ、カウザルギー(末梢神経の損傷後に発症する激しい痛み)の患者が組織エンジニアリングによる再生治療で治ったことが最近報告された。伊藤は末梢神経の再生機構を明らかにして治療に役立てるために、神経組織にだけに緑色蛍光タンパクYFPを発現するマウスの坐骨神経を切断し神経再生のメカニズムを調べる末梢神経の神経再生モデルを確立した。この末梢神経再生モデルは、何か月にも及ぶ同一個体の神経再生をYFPのin vivoイメージングで追跡できる利点がある。Na+濃度依存性Na+チャネルNaxの遺伝子欠損マウスでは、末梢神経の再生が大幅に遅れ、チューブの中にブドウ糖の中間代謝物の乳酸を持続して供給すると、神経の再生速度が速くなった。Naxは末梢神経の支持細胞であるシュワン細胞に発現している。シュワン細胞は中枢神経のオリゴデンドロサイトとアストロサイトの2役をしており、シュワン細胞は再生神経の通り道を作るとともに末梢神経の神経線維に栄養を供給して神経再生を助けていることがわかった(図12、Eur. J. Neurosci. 39:720-729, 2014)。さらに、この神経再生に血液の供給とエンドセリンが深く関わっていることが明らかにされた。
藤澤(ウイルス腫瘍学)はHTLV-1感染ヒト化マウスがその発症予防薬の評価系に有効であることを示した。ヒト臍帯血由来造血幹細胞のNOG-SCIDマウスへの骨髄内骨髄移植によりヒト化マウスを作製した。その腹腔内にHTLV-1産生細胞株を移入して、マウス個体内でヒトT細胞へのHTLV-1感染と感染T細胞の異常増殖および脾腫・肝臓への転移等、成人T細胞白血病 (ATL) 様病態の誘導がみられることを示し、HTLV-1感染のモデルマウスの作製に成功した (Blood 123:346-355, 2014) 。感染数ヶ月の末梢血において、ATL細胞特異的な花弁様分様核を持ったリンパ球の出現も再現された。さらに、藤澤は確立したHTLV-1感染ヒト化マウスの系を用いてTaxペプチドワクチンにより活性化された抗TaxCTLがATLの発症制御に主要な役割を果たしていることを明らかにして、感染細胞内でのウイルスと宿主遺伝子の発現と宿主免疫系との相互作用の変化がATL発症の転機となる可能性を示した。さらに、Taxペプチドワクチンの経鼻投与でも皮下注射と同様な効果があることを示した。
PI3K-mTOR経路は細胞の増殖・分化・生存を制御する細胞内シグナル伝達経路であり、種々のがん組織においてその異常が報告されている。松田(生体情報)はmTOR経路の中でも、特に細胞増殖と密接に関わるmTORC1経路に着目し、mTORC1シグナルに必須なアダプター分子であるRaptor分子の細胞系譜特異的欠損マウスの樹立に取り組んだ。Raptor分子をT細胞系列特異的に欠失させたところ、胸腺細胞数の減少は認められず、末梢のヘルパーT細胞の機能分化が部分的に阻害された。一方、樹状細胞系譜特異的にRaptor分子を欠損させると、腸管における従来型樹状細胞のIL-10産生能の低下と、それに伴う腸管免疫応答の異常亢進が観察された (J. Immunol. 188:4736-4740, 2012) 。2014年には、造血系幹細胞を欠損させると、胸腺分化の初期に相当するDN1とDN2の段階で分化が停止すること、急性T細胞白血病の発症にmTORC1が必要であることから、mTORC1が急性T細胞白血病の標的分子となることを示した (Proc. Natl. Acad. Sci. USA 111:3805-3810, 2014) 。さらに、2015年にはB細胞の初期分化にmTORC1が重要であることを明らかにした。このように、松田は世界に先駆けて細胞系譜特異的Raptor欠損マウスを樹立し、従来は薬剤を用いて解析されてきたmTORC1シグナルの重要性を次々と個体レベルで検証することに成功した。
高橋(眼科学)は脈絡膜新生血管モデルを作製して、マイクロスフェアによる血管新生の抑制作用の解析を行った。
李(モデル動物)はMICDの事業推進者の研究を支援するためにCRISPR/Cas9を使用した遺伝子改変マウスの作製に取り組んだ。
6.診断・治療法の開発と臨床応用
中谷ら(脊髄再生医学)は先行プロジェクトで、頸髄損傷による四肢完全麻痺の5症例に実施した培養自己骨髄間質細胞の髄腔内投与による臨床試験成績をまとめた。これまでのところ最長4年間を経過しているが、血液生化学検査あるいは画像診断で、何ら骨髄細胞移植によると思われる有害反応は無く、機能的には1症例で歩行可能、1症例で装具にて起立保持可能、2症例にて車椅子の自己操縦可能と4症例で症状の改善を認めたが、1症例のみは無効であった。骨髄細胞の髄液内投与は、有害反応が全く見られず、安全性が確認できた。
がんの血管侵襲、切除断端部のがん遺残、そして主腫瘍よりのリンパ節転移を手術中に正確に診断して、手術でがん組織を確実に取り切ることが極めて重要である。權、海堀(外科学)は臨床で使用が認可されている蛍光イメージング試薬indocyanine green (ICG) および5-aminolevulinic acid (5-ALA) 蛍光法を術中ナビゲーターとして用いる肝臓手術を実施した。48症例の肝がん手術において、がん検出における感度・特異度・正診率はICG 96%、50%、94%、5-ALAは57%、100%、58%であり、ICGは感度が高いが特異度が低く、また5-ALAはその逆であった。48症例中5症例で術前の画像診断や術中視触診で検出できなかった微小肝がんがICGと5-ALAいずれでも検出された。ICGおよび5-ALA蛍光による術中ナビゲーションは、肝がん検出の感度・特異度を相互に補完し、さらなる微小肝がん検出の有効性が期待できることを示した。
人工股関節、人工膝関節、人工骨頭手術後に人工関節の感染やゆるみによりインプラントを抜去する症例がある。その感染細菌を同定して、早期治療に反映させることはやりがいのある課題であるが、バイオフィルムのため細菌の同定は容易でなかった。また、培養による細菌の同定には最低5日から10日必要で早急に治療に反映させるために、検出感度の高い検査、診断が必要であった。飯田(整形外科)は、超音波処理法を用いて生菌の検出感度を上げると共に、平成27年6月に次世代シークエンサーを購入して、PCRと次世代シークエンサーによる診断法の構築を行っている。次世代シークエンサーは、様々な病態や生命現象に関与し、比較的安定なマイクロRNAの網羅的な解析にも威力を発揮する。赤根(法医学)は、死後も残存するマイクロRNAを法医実務にバイオマーカーとなりうるか検討を行った。
手術による外科的侵襲の1つに炎症性ストレスがある。新宮(麻酔科)は手術で使用される静脈麻酔薬プロポフォールとデクストデトミディンに抗炎症作用があることを見出した。個々の麻酔薬の特性を周術期に使い分けて患者の予後の向上の必要性を示した。
下條(分子生体機能学)は神経特異的転写抑制因子 (REST/NRSF) のアイソフォームsRESTの発現が小細胞肺がんの発病と関連すること、この選択的スプライシングを促進するタンパクnSR100が小細胞肺がん細胞に強く発現し、sRESTの発現に関与することを見つけた。がん関連コンソーシアムで臨床系講座と共同研究を行い、nSR100の発現を抑制するマイクロRNAが小細胞肺がん患者血清中に存在することを明らかにした。nSR100の遺伝子発現抑制を評価するin vitroアッセイ系を構築して、その診断薬と治療薬の開発に関する特許を出願した(特願2013-118649)。この特許出願は日本医療研究開発機構 (AMED) の創薬支援ネットワークの平成27年度の支援テーマとして「小細胞肺がん治療薬を目的とした核酸医薬の探索」の採択につながった。
最近、悪性腫瘍の薬物治療には分子標的治療薬が用いられるようになってきている。蔦(臨床検査学)は、標的分子の細胞膜での発現を正確にかつ高感度で判定するために、ダイナミックレンジの広い蛍光ナノ粒子染色による診断法の開発を進めている。
澤田、谷川、宇都宮(放射線科学)はRIイメージングルームに設置された小動物用SPECT/ CT装置を用いて固形がんに対するRI標識抗体による早期イメージング診断剤や治療薬の開発の基礎研究に取り組んだ。担がんモデルマウスに67Ga標識Her2抗体(乳がん)、90Y 標識CD38抗体(多発性骨髄腫)、抗フェリチン抗体(腫瘍全般)を投与して、その体内動態を調べ、90Y 標識CD38抗体が移植した腫瘍に集積することを示した。肝放射線塞栓術を確立するために、90Yリピオドールを家兎肝転移モデルに投与してその延命効果を示した。
樹状細胞 (dendritic cell:DC) はサイトカイン産生を亢進させ、ナイーブなCD4陽性T細胞をプライミングして免疫応答を活性化させるマスター細胞で、様々な炎症性疾患の病態発症・進展に重要な働きをする。野村と伊藤(内科学第1)は、免疫炎症応答の亢進に樹状細胞と血小板のクロストーク機構に関する新しい視点を示した。上皮から産生される胸腺間質リンパ球増殖因子 (TSLP) とDCの相互作用はアレルギーにおけるTh2反応を引き起こすのに重要である。これまで知られていなかった血小板のアレルギー免疫応答調節機序として活性化された血小板がTSLPで活性化されたDCによるケモカインの産生を増加させ、アレルギー性炎症を増幅させることを初めて報告した。野村は上皮が産生するIL-33がTh2による炎症反応を誘導維持させるTSLP-DC軸の正の調節因子であることを示し、血小板とIL33がアレルギー治療の標的となる可能性を示した。さらに、高脂血症薬スタチンが培養細胞系でTSLP-DC軸を抑制してアレルギー抑制効果を示すこと明らかにして、臨床応用への可能性を示唆した。
楠本(形成外科学)は多血小板血漿による病的創傷治癒促進、脂肪組織由来幹細胞の組織再生の基礎研究を行い、脂肪組織由来幹細胞を用いた乳房再建や多血小板血漿の臨床応用を目指している。
研究成果報告書
本研究プロジェクトでは、細胞移植・再生医療への応用やがんの治療法の開発を目指して、様々な角度からマウスおよびヒト由来の各種組織より、組織幹細胞を同定し、がん幹細胞への変化のメカニズムの解明に取り組んだ。舌乳頭は生体で最も速く回転する組織の1つで、その角化上皮細胞は舌の扁平上皮がんの源と考えられている。上野(幹細胞病理学)は自身で確立した多色細胞系譜追跡法 (Nature 464:549-553, 2010) を用いて、舌の毛状乳頭小窩基底部に長期間生存するBmi1陽性の幹細胞が1個存在し、通常は静止状態あるいはゆっくり細胞分裂する状態にあるが、放射線照射により細胞分裂し上皮を再生すること、Bmi1陽性の幹細胞を除去で再生が抑制されたことから、Bmi1陽性の幹細胞が角化上皮細胞の維持再生に関与することを報告した(図1、Nat. Cell Biol. 15:511-518, 2013)。さらに、3次元マトリクスを用いて正常およびがん化した舌上皮細胞やBmi1陽性の幹細胞のオルガノイド培養系を確立し、マウスに移植することにより、舌で扁平上皮と角化上皮に成熟させることに成功した。上野が開発したレインボーマウスと組み合わせて舌上皮細胞の系譜追跡、オールインワン顕微鏡によるtime lapse imagingにより、その動態、再生、がん化を直接観察する事が可能となった(図2、Nature 476:409-413, 2011; Sci. Rep. 3: 3224, 2013)。このように、舌、大腸など消化管上皮系幹細胞や後で述べる精巣の発生・維持、がん化が解析できる多色細胞系譜追跡法の確立に成功した (J. Gastroenterol. 48:423-433, 2013; Sci. Rep. 4:6175, 2014) 。
木梨(分子遺伝学)はリンパ節スライス法による二光子励起顕微鏡を用いたin situイメージングを樹立し、T細胞の組織内高速移動に樹状細胞上のLFA-1/ICAM-1を介する接着が必要であることを明らかにした(図6)。低分子量GタンパクRap1とRap1結合分子RAPL、およびその下流エフェクター分子として作動するSte20-likeキナーゼMst1のノックアウトマウスで制御性T細胞の抗原依存的抑制作用が障害されていたことから、Mst1による胸腺上皮細胞の接着制御が自己抗原による負の選択に必要であることを示した。さらに、人工脂質二重膜を用いて、Mst1欠損で抗原特異的接着構造である免疫シナプス構造ができないことを確認すると共に、Mst1がkindlin 3を介する高親和性LFA-1の形成に必要であることを示した。このように、in vitroや組織スライスの系を用いた解析から、従来リンパ球移動における役割が不明確であった間葉系の細網細胞 (fibroblastic reticular cells, FRC) がリンパ節内の移動において重要な役割を持つことを明らかにした。そして、Mst1欠損マウスでは、胸腺と制御性T細胞の障害の結果、自己免疫様病態が加齢とともに顕著になることを明らかにした (Nat. Commun. 3:1098, 2012; J. Immunol. 191:1188-1199, 2013; Sci. Signal. 7:ra72, 2014) 。
アルツハイマー (Alzheimer) 病、パーキンソン (Parkinson) 病、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患は脳や脊髄のある部位の神経細胞死によるloss of functionによることが知られている。これまで、剖検脳やモデル動物での組織標本の病理学的変化が検討されてきた。質量顕微鏡が神経化学の領域において、小分子化合物の分布のイメージングに有用なツールとなっている。矢尾(分子生体機能学)は神経変性疾患に関わる神経伝達物質の1つ、アセチルコリン (ACh) の解析のため、イオン化に用いるマトリクス、生体試料のサンプリングの迅速化、レーザー強度等の測定条件の最適化を行い、AChのイメージングに世界で初めて成功した。AChのラット脳での分布は、その分解酵素アセチルコリンエステラーゼの分布と一致していた(図8、Anal. Bioanal. Chem. 403:1851-1861, 2012)。従来の遊離されたAChの代謝産物の測定と異なり、大脳皮質や運動ニューロンのシナプス終末のシナプス顆粒中のAChを測定することから、剖検脳や動物モデルの病態解析に有用と期待できる。
メラニンには紫外線防御能力の大きいユーメラニンと紫外線感受性の高いフェオメラニンの2種類が存在する。ヒトでは表皮にメラノサイトが存在するが、マウスのメラノサイトは真皮に存在するので、ヒトの皮膚組織の研究においてマウスを実験動物として用いることには制限があった。岡本(皮膚科)らはヒトの皮膚に近い紫外線感受性マウスを作製して、質量顕微鏡によるメラニンの測定を行った。しかし、メラニン、フェオメラニン、ユーメラニンはいずれも分子が重合しているため、うまくイオン化できず、測定できなかった。
線条体は前頭葉をはじめさまざまな大脳皮質から投射をうけて、行動の順序・判断・情報の統合調節を担当している。杉本(脳構築学)はGABAニューロンのGABA合成酵素GAD1とGPR155の新しいイメージング法を用いて、GRP155が線条体D1ニューロンの分子マーカーとなることを明らかにした。そして、ドーパミンD1受容体も発現する線条体外側部のニューロンは、感覚運動皮質の情報を基底核出力部に伝えるニューロンであることを示唆した。
細胞外マトリックスの1つである弾性線維は固く丈夫なコラーゲン線維とは異なり、柔らかく伸び縮みする線維である。LTBP4 (latent-TGFβ binding protein 4)はTGFβを不活性化状態に維持して細胞外マトリックス内に留め置くLTBPファミリーの1つである。中邨、赤間(神経病態薬理学)は弾性が減少した老人の皮膚組織は若年者に比べLTBP4の存在量が大きく減少していること、LTBP4欠損マウスが大動脈の硬化を示すことを発見し、LTBP4が弾性線維構築に重要な機能を担っていることを示した。さらに、精製LTBP4タンパクをヒト皮膚線維芽細胞の培養液に加えることにより、濃度依存的に培養細胞上に弾性線維様の網目状線維構造を形成させるたことから、LTBP4の発現量が弾性線維形成の律速となっていることを示した。このように、弾性線維形成において、LTBP4は中邨が発見したfibulin-5/エラスチン複合体を微小線維上に誘導する新たな役割を明らかにして、LTBP4が弾性線維再生の治療標的になる可能性を示した(図10、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 110:2852-2857, 2013)。肺、大動脈、皮膚など伸縮性のある組織の弾性線維形成の足場となるLTBPファミリーは加齢変化に関係するだけでなく、眼球の毛様小帯では微小線維そのものが水晶体を毛様体筋に保持する機能をもっている。中邨らが作製したLTBP2の遺伝子欠損マウスは毛様小帯の線維形成が障害されており、水晶体脱臼、緑内障などヒトの眼疾患のモデル動物となる可能性を示した(図11、Hum. Mol. Genet. 23:5672-5682, 2014)。
池原は加齢に伴って発症する難病には免疫の異常が関与しており、骨髄内骨髄移植だけでなく胸腺の移植の併用が重要であることを示した。さらに、加齢に伴って発症する疾患は、骨髄の造血幹細胞ではなく、間葉系の幹細胞の異常に起因することを見出した。新しい骨髄移植のヒトへの応用を目指して野村(内科学第1)と飯田(整形外科)との共同研究を行った。
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